〇をつけよ。

ぼっち・人見知り・コミュ障との向き合い方を書いたブログ。

婚約破棄された女性のリアルはこっちだと思う。

今シーズンは、婚約破棄された女性が主人公のドラマが2つもありますね。

1つ目は、水曜日10時から放送の「高嶺の花」。

2つ目は、土曜日10時から放送の「サバイバル・ウエディング」。

どちらも日本テレビでの放送です。

今日はこの2つのドラマを見てて、思ったこと。

 

1.共感できない設定 

 

「高嶺の花」の主人公、月島ももは、美しくて華道家としての才能も圧倒的。結婚も間近に控えていたが、式当日に婚約者の浮気が発覚し、破談になる。

「サバイバル・ウエディング」の主人公、さやかは、男性誌のグルメ記事を担当していたが、寿退社当日に婚約者の浮気が発覚し、破談になる。

 

「高嶺の花」のほうは割と見てたんですが、一言言ってもいいですか?

 

全く共感できないんですけど!!! 

 

まず主人公のももが持ってるスペックって、世間一般の人と比べても圧倒的に高いですよね。

めちゃくちゃ美人。華道家としての才能もある。

それが自分のアイデンティティーとして、もものなかにはちゃんと根付いていたんじゃないでしょうか。

それが恋人にひどい振られ方をしただけで、あんなにおかしくなってしまうものなの?

ももはそんなに恋人に依存してたの?

恋人に振られたって、あなたには容姿も才能もあるじゃない、と思ってしまう。

 

割とすぐ新しい出会いが待ってる設定なのも、全くリアリティない。

これは「サバイバル・ウエディング」にも言えるけど、そんな都合のいい出会いなんて、そうそう転がってるもんじゃないです。

 

 

2.婚約破棄された女性のリアルってこっちでは?

 

「式直前に、または式当日に婚約破棄された女性のその後のストーリーを描く」というシチュエーションでリアルだなと思った本があります。

それが宮下奈都さんの『太陽のパスタ、豆のスープ』。

 太陽のパスタ、豆のスープ (集英社文庫)

太陽のパスタ、豆のスープ (集英社文庫)

 

 

主人公の名前は明日羽(あすわ)。

彼女も式直前に突然婚約を破棄され、一時期はひどく落ち込んでしまう。

でも、家族、幼馴染、職場の友人、叔母など人との関わりを通して、明日羽は今までの自分の生き方を振り返り、少しずつ、少しずつ成長していく、というお話。

 

あすわの、自分に自信がないところも、頭のなかでぐちゃぐちゃといろんなことを考えてしまい踏み出せないところも、やりたいことを見つけようとしてもなかなか見つからないところも、すごく共感できる。

 

「じゃあこれまでの人生はどんな女の人生だったんだ?振り返って目を凝らしても、私の人生なんて見えてこない。譲さんがいなくなって輝きを失ったのではない。はじめからそこには何もなかった。」

「いきなり電話をかけて誘うことのできる相手をひとりも思いつかなかった。あたりまえといえばあたりまえかもしれない。つい最近まで、いつも譲さんと一緒だった。」

「一生自分で稼いでいく自信がなかった。そして譲さんはやさしかった。依存してしまえば楽だと思った。つまり自分の人生を自分で引き受ける気概がなかった。」

 

あすわは自分の仕事に思い入れも情熱もなく、かといって熱中できるほどの趣味があるわけでもなく、恋人といることが自分のアイデンティティーになっていた。

こういう設定のほうがよっぽどリアルで共感できる。

婚約破棄されて、そこから一歩ずつ自分のやりたいことに向かって進んでいく姿はゆっくりで、すごくもどかしいけれど、生々しいというか。

ドラマみたいにすぐに運命の(?)出会いがあったりするわけじゃない。

あすわは、自分の今までの生き方、考え方を振り返ってみたり、一人暮らしを始めたり、同僚と少しずつ仲良くなったり、本当に一歩ずつ、一歩ずつ進んでいく。

ドラマみたいな派手さは全くないけど、あすわが一歩ずつ進んでいく姿に本当に励まされる作品。

 

 

まあ「ドラマと小説を比べるなよ」って話なのかもしれませんが。

リアリティがあるようでないドラマってどういう気持ちで見ればいいのか分かりません。

 

 

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。